日本一の山城
高取城址

4月第1回目の山行きは、冬眠中だったメンバーも目を覚まし、直前キャンセル2名が参加すれば珍しく全員集合になるほどの賑わいです。殆どのメンバーが同じ電車で到着し、9:20 予定通り壺阪山駅を出発です。先ずは昔の街並みが残る土佐街道を抜けて壷阪寺へ。高取町は江戸の頃より大和売薬の町として知られ、「だらにすけ」の札を下げた漢方屋さんも軒を連ねています。壷阪寺参道の標識に従って住宅地の中を歩きますが、道なりに行くとなぜか壷阪寺洗濯物が翻る一軒のお宅の庭に入り込んでしまいます。「え〜っ、ここって人の家ちゃうん?」と一瞬焦りますが、その庭らしき場所を突っ切って進むと、奥に「参道」という標識があり、小さな橋を渡って確かに山道に入ります。

頭上を走る車道と平行に道は続きますが、あまり人が通らないのか荒れた竹林の中を、「ここでええんかいな??」と思いながら進みます。やがて車道から分かれたちょっと道幅が広がった地道に合流し、道すがら古いお地蔵さんや石標が現れ、いかにも参道らしくなって来ました。最後に階段を上ると、10:15 壷阪寺の駐車場の端に出て来ます。

五百羅漢「壷阪霊験記」で有名な壷阪寺は、入山料500円。トイレもお寺の敷地内なので、500円払わないと利用できません。見物がてら500円払って入ろうか・・という意見も出ますが、見学すれば小1時間はかかるということで、トイレは諦め山門前の車道を五百羅漢目指して右に上がって行きます。

10:30 車道を左にカーブすると「五百羅漢 0.5k、高取城址 2.8k」の道標が左手に見えて来ます。ここからまた山道に入りましょう。5分程上がると、五百羅漢が刻まれた大きな岩が目の前に現れます。右手にも新しい五百羅漢?があり最初はこちらが先に目に入ってしまうので、「ふ〜ん、ずいぶん新しいやねぇ」と古い方に気付かず行き過ぎてしまいそうです・・というか、行急な登り道き過ぎてしまった者約2名。後ろでガヤガヤと羅漢見物しているのも知らず、さっさと先に行ってしまい、呼びとめた時は既に遅し。引き返すのも面倒という訳で、結局見ず終いです。

五百羅漢から次は八幡宮を目指します。ハイキングコースとは言えなかなか骨のある坂道です。「なんでこんなキツイのん?」「楽やったら攻められるやん!」 ハイ、ごもっとも。10:50 いったん車道に出ますが直ぐ左手に「←高取城址」の標識があり、入り口の右側には立派な石碑も立っています。道は二手に分かれ、右は上り、左はほぼ水平に直進です。右上に古い木戸が見えるのでここが八幡宮なのでしょう。上り道は途中倒木で塞がれていて、どうせ先で一緒になるのだからと、今回はこの高取城址入口まま直進の道を歩きます。

5分程歩くと、上の八幡宮から下りて来る階段と合流して案内板のある広場に出て来ました。車が2台程駐車していますが、さっき五百羅漢の分岐があった車道から来られるようです。急な道を上がると、11:00 先ずは壷阪門跡を通過します。標識の下には位置を確認できる携帯用のバーコードが貼られ、600年前の石垣と最新の位置確認機能という、時空を飛び越えた不思議な取り合わせになっています。

11:15 大手門を過ぎ、本丸跡の石垣を目の前にして、とりあえずザックを降ろします。本丸跡も良いのですが、風が強いので本丸跡の石垣手前の石垣の下で、風を除けながらのランチタイムです。桜は1本だけ二分咲き程度で、後はほとんどつぼみ状態。華やかさはありませんが、苔むした石垣はそれだけで重厚な山城の雰囲気を味わえます。食後は前回の甘酒に続き、今回は野点の宴です。本当なら花見の茶会としたかったのですが、生憎桜はまだなので、その代わりに美味しい桜餅で一服頂きましょう。

「高取城は石垣しか残っていないのが、かえって蒼古としていていい。その石垣も数が多く種類も多いのである。登るに従って、横合いから石塁があらわれ、さらに登れば、正面に大石塁があらわれるといった具合で、まことに重畳としている。それが自然林と化した森の中に苔むしつつ遺っているさまは、最初にここにきたときに、大げさに言えば、最初にアンコールワットに入った人の気持ちが少し分かるような一種の空恐ろしさを感じた」 

高取城址司馬遼太郎 「街道を行く」

大手門跡から入った広場には仮設トイレが設置され、頭上に渡した棒にトイレットペーパーのロールがいくつも通されています。なるほど〜、コレは便利!本丸石垣前にある大きな木の前で記念写真を撮ったら、そろそろ帰りましょう。12:40 宝泉寺・明日香方面へと下ります。途中に寄った国見櫓跡からは、畝傍山、耳成山、天香久山の大和三山を初め、晴れてれば生駒山や大阪のビル街、そして遠くに六甲山も見渡せるらしいのですが、今日は春霞、そして大阪方面は黄砂でほとんど見えないのが残念です。

猿岩13:05 ここがお城の端となる二の門跡を出ると、明日香・柏森への分岐にど〜んと猿岩が置かれています。明日香村で発掘されお城まで運ばれる予定が、あまりの重たさに「もうイヤや〜、ここに置いたろ!」と置き去りにされた・・というのはウソですが、なぜか門の外に鎮座されています。お仲間のサルと一緒だと、こころなしか嬉しそう・・かな?

杉林の中更に下っていくと、13:30 左へ宝泉寺への道を分け、その少し先でちょっと休憩です。冬眠明けのメンバーには下りのスピードが久々に堪える、というのは表向きの理由。このままの勢いで下りてしまうと、夜の店開けの時間まで手持ち無沙汰になるというのが、マコトの理由でございます。

砂防公園の桜ゆっくり時間潰しをしたら先に進みましょう。道は車道に変わり、13:45 右手に砂防公園の桜が見えて来ました。まぁ〜、こちらは見事に満開です。ピンクの色濃い梅も今が盛りと咲いています。きれいなトイレもあるので、トイレ休憩がてらお花見です。

のんびりとした田園風景の上子島地区を抜けると、立派なお屋敷が並ぶ住宅街を通り、元高取藩の家老屋敷であった植村邸の長屋門やなまこ壁に感心し、14:15 朝歩いた土佐街道に戻って来ました。薬屋さんで薬を買い求めたり、大正時代の呉服店をを改修した観光案内所で、在りし日の高取城の写真を見たりと、ブラブラ城下町散策を楽しみます。

それにしても、奈良にどうして土佐?と思ったら、説明板がちゃんとありました。奈良時代に四国の土佐国から平城京や東大寺築造の為に幕府や藩の命で赴任し、いざ任務完了で帰ろうとしたらなんと帰国の費用を出してもらえず、そのまま住まざるを得なかった人々が、故郷を想って命名したのだとか。まぁ〜、いつの世も宮仕えはツライねぇ。


 今日のお時間
9:20 壷阪寺駅 − 10:15 壷阪寺 10:20 −10:35 五百羅漢 −11:15 高取城址 12:40
- 13:05 猿岩 −(休憩)−13:45 砂防公園 − 14:15 土佐街道 −14:40 壷阪寺駅


 今日のお風呂   湯処あべの橋  360円
          泉質: H2O
          効能: 湯ったり、のんびり



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